【状態】ヤケ、シミ、汚れ、39.2×52.5cm 本多伯耆守正珍の書状。石原清左衛門宛て。 本多正珍(ほんだ まさよし) 1710−1786 江戸時代中期の大名。 宝永7年7月8日生まれ。本多正矩(まさのり)の3男。享保20年駿河田中藩主本多家2代となる。 奏者番兼寺社奉行をへて,延享3年老中にすすむ。美濃八幡藩の百姓一揆(金森騒動)の処理をとがめられ,宝暦8年老中を罷免された。天明6年8月27日死去。77歳。 【翻刻】 御状令披見候、 御手前無異儀、珍忝ニ候、 然者、我等儀、先比所労 之処、遂快気、令出仕候、 右、為尋問、示之趣、過当 之至候、恐々謹言、 本伯耆守 八月廿五日 正珍(花押) 石原清左衛門様 御返報